今年の春のこと、サラリとした風のような女性が来店していただいたことを思い出します。
彼女は二十歳前後ぐらいの大学生というか、社会人とも取れぬきちんとした身なりをしてる方で、テキパキとご注文いただいたことを今でも覚えています。
注文はバラの花束を、5人分ほどフラワーギフトにしてくださいと言われました。
記憶が定かでないのでちょっと忘れましたが、その日は全部で8人分ぐらいの送別会をするそうでした。
話の流れとして、あとの3人さんは花ではない違うギフトなのでしょうかと聞くと、ちょっとためらいがちに首をかしげながら彼女は「何もないですね」とおっしゃられました。
まあ、そんなことは花屋を長くやってれば、ない人もいっぱいおられます。花束もなければ、なにもない。特別めずらしいことでもなんでもないです。
僕が5束目の花束をせっせと制作していると、彼女が疑問符をまじえた言葉で聞いてきました。
「やっぱりおかしいですよね・・・」と。 「なにもないなんて」
僕はそうかもしれないと心の中では思いながらも、「たまにない人もおられますよ」と当たり障りのないような返答をしました。
そして10秒ほど沈黙のあと、はっきりした口調で、
「すいません、あと、3束、追加お願いします」
僕はその言葉を聞いた瞬間、単純にこの人すげー。と感じました。彼女のかなり勝手な強引な決断。
お金のこともあるので、ちょっと彼女を気遣って「予算があがりますけど大丈夫ですか」と。
たしか、来店したときは誰かから依頼されたメモか記憶で注文したようすでした。予算が決まっていて、あきらかにたのまれているようでした。それをいまこうして、すぐさま「おかしい」と気づき、すぐに変更。
決断のスピードに惚れました。予算オーバーの代金は彼女が支払うのだろうか?
だいたいですが、10人中9人の方が、電話やLINEで上司や依頼主に確認を取るはずなんです。普通の人はそれを当たり前のようにしてるのですが、彼女はそんなことお構いなしに自分の中の解釈で変えてしまいました。
それが偉いさんとか社長さんの鶴の一声的なものではなく、送別会の主役になる人がなにもないという、まさしくその人の気持ちに焦点を合わした判断なのが、すごいところです。
20歳ぐらいのころの僕自身は絶対にできません。若い時はケチで、人の身になってものごとを考えるなんて、これっぽっちもなかったです。今になっても、なごりが残っていて、いまもちょっとだけケチんぼです。
8束のバラの花を持って帰る彼女の後ろ姿は、なんともいえぬ勇ましい姿をしてました。
それはまるでドラゴンクエストの勇者の姿でした。僕の中でロールプレイングゲームのファンファーレが鳴り響き、未来に見える彼女が作りだす仲間たち(パーティー)が目に浮かびました。
そして、「かいしんのいちげき」をくらった僕はふと思いました。遊び人だった僕は、賢者になれているのだろうか。
ロトの剣をにぎれる勇者ではないことだけは、確かだとおもった。